割れないの怪?
エジンバラの街なかで靴屋のはしごをしたので、歩き疲れて喉が渇いてきました。
ワインを一杯だけ飲んでいこうと言う事で、運河沿いにテーブルを出している洒落たレストランに足を運びました。食事ではないので、酒を取り揃えているカウンターに直接行き、グラスワインとオリーブを注文しました。
カウンターの中で店のお嬢さんが新しいワインの栓を抜き、ワイングラスにワインを注いだあと、料金を払う前に「店の中で飲みますか?外のテーブルで飲みますか?」と聞いてきました。天気も良いので、外の景色を眺めながら気分良く飲みたくなり、外で飲む事を伝えたところ、そのお嬢さん、グラスに注いだワインを二つ共サッと別のグラスに入れ替えてハイどうぞと言って出して来ました。
A:ちょっと待て。
客の目の前でワインを別のグラスに入れ替えるの?
妙な事をするなぁ、何故入れ替えたんだ?
B:グラスの汚れに気が付いたんじゃない?
A:二つとも汚れていたんかい?
いやな店に入っちゃったな。
店の中で飲むのか外で飲むのかって
聞いたのは何故?
B:店の中と外では値段が違うとか。
A:いや、同じ値段だったよ。
B:店の中にはバニーコスチュームの
可愛い子ちゃんとか。
A:そんな店じゃないんだよ。
Bそれじゃぁ、人種差別されたのかい?
日本人大事な客アルヨ。
そんな事されたら怒るアルヨ。
とにかく不思議に思いつつ、ワインの入ったグラスの首を持って外のテーブル席に着きました。私達と入れ替りに隣のテーブルの客が店を出て行き、そのテーブルの上には飲み終えたワイングラスが二つ残されていました。暫くすると、一瞬強い風が吹いたために、テーブルクロスがフワッと持ち上がり、空になっていたワイングラスが吹き飛んでテーブルから落ちたのです。
「アッ!」と思った瞬間、グラスは勢いよく転がって床に落下してしまいました。石造りの床に落ちた瞬間、今度は思わず「エッ!」と声が出てしまいました。
B:「アッ!」の次は「エッ!」だって?
その時聞いた音はグラスの割れる音ではなく、カラカラカラという音でした。グラスは割れるどころか床の上を風に任せて勢いよく転がって行ったのです。
そう、そのグラスはガラス製ではなく、思いのほかプラスチック製だったのです。
B:割れなくて良かったけど
レストランでどうしてプラスチックのグラスなんか使うの?
A:とにかく解らないことが多いんだよね。
暫く考えているうちに、店のお嬢さんがワインを別のグラスに入れ替えた意味に気が付きました。店の中で飲む客にはガラス製のグラスで出し、外のテーブルで飲む客にはプラスチック製のグラスで出していたのです。
外のテーブルは店員の目が届きにくく、客が帰ったあとも忙しくてすぐに後片付けが出来ない事が有るようです。その間に強い風が吹いてグラスが飛んで割れてしまう事を想定していたのです。現に私が席に座っている間も、強い風がヒューヒュー吹いきて、遠くの無人のテーブルで飲み終えたグラスが吹き飛ばされていました。プラスチックのグラスなら割れる心配はありません。
過去に実際そういう事が何度も有ったのでしょう。長年商売をやっている人達のやる事には、それぞれ意味が有るのだなあと、妙に感心したひと時でした。
B:はぁ、そうだったんだ。
いいねぇ、臨機応変なイギリス人。
店員は客を差別したんじゃなくて、区別していたんだ。
A:でも、日本だったらプラスチックのグラスなど使わずに
テーブルの片づけを頻繁にするよう教育するだろうね。
B:いいねぇ、格式に拘る日本人!
それにしても、首を持って運んだグラスが、プラスチック製だと気付かなかったとは何たる事でしょう。日頃はガラス製品が好きで、いいガラス製品があるとよく買い集めていたのに。
A:しかも、あのプラスチック製のグラスは
きれいに磨き上げられていて随分キラキラ光っていたなぁ。
ワインが入っていなければ、軽さですぐに判ったのに・・・・
B:なんだ、そんな程度のガラス好きかぁ。
A:レストランでプラスチックのグラスを使っているなんて、誰が思う!
一旦思い込みをすると疑いの入り込む余地は全く無いのであ~る。しかもその時、ワイングラスにもプラスチック製のものがあるという事を初めて知った私でした。